コラム

杖の使用をためらう高齢者:背後にある理由とは

高齢者の安全に対する最大の脅威の一つは転倒です。日本の消防庁によると、2019年に救急搬送された65歳以上の人々のうち、約80%が転倒や転落によるものでした1。これは、高齢者が日常生活で直面するリスクの大きさを示しています。

転倒は、骨折や打撲、さらには命に関わる重傷を引き起こす可能性があります。特に、骨粗しょう症の高齢者は、転倒による骨折リスクが高いとされています。そのため、転倒予防は高齢者の健康と生活の質を維持するために重要な課題となっています。

高齢者の中には、歩行の補助として杖を使用することをためらう方が少なくありません。しかし、その背後には何があるのでしょうか。本記事では、杖の使用をためらう理由と、それに対する解決策を探ります。

杖の使用をためらう理由

世界的に見ても、杖は高齢者の転倒予防に役立つ重要なツールとされています。しかし、杖の使用率は国や地域によって大きく異なります。例えば、アメリカの高齢者の約10%が杖を使用しているのに対し、日本ではその数は約5%に過ぎません。(参考:Malnutrition and ageing)

この差は何によるものでしょうか。

一つは文化的な要素が挙げられます。日本では、杖を使用することが「老い」を象徴すると捉えられ、杖を使うことをためらう高齢者が多いとされています。また、杖を使用すると周囲に迷惑をかけると感じる高齢者もいます。

①自立心の強さ

高齢者の中には、自立心が強く、他人の助けを借りることを好まない方がいます。杖を使用することは、自分の体力や健康状態が衰えていることを認めることになり、それが自立心の強さと相反すると感じる方もいます。

②周囲からの視線

杖を使用することで、周囲から「高齢者である」という視線を感じることがあります。その視線を避けたい、または自分を弱っていると見られたくないという心理が働き、杖の使用をためらうことがあります。

③操作の難しさ

杖の使用は、一見簡単に見えますが、実際には適切な使い方を学ぶ必要があります。特に、階段の昇降や坂道の歩行など、難易度の高い場面では、杖の操作が難しく感じることがあります。そのため、操作の難しさから杖の使用をためらう高齢者もいます。

④適切な杖の選び方がわからない

市場には様々な種類の杖が出回っており、どれを選べば良いのか迷う方も多いです。また、適切な杖を選ぶためには、自分の体力や健康状態、生活スタイルを理解することが必要ですが、それが難しいと感じる方もいます。

⑤杖が生活スタイルに合わない

杖を持つことで、両手がふさがり、買い物や家事など日常生活が不便になると感じる高齢者もいます。また、外出時に杖を置く場所がない、移動手段によっては杖が邪魔になるなど、杖が生活スタイルに合わないと感じることで、杖の使用をためらうことがあります。

杖の使用によるメリット

杖を使うことをためらう人が多いですが、杖を使うことは多くのメリットがあります。メリットを正しく認識することで、より多くの高齢者が杖を使う手助けになればと思います。

なお、これらのメリットは、杖の正しい使用法を学び、適切な杖を選択することで最大化されます。また杖の使用は、医療専門家や理学療法士との相談のもとで行うほうがより良いでしょう。

参考文献:"Evaluating and Managing Acute Low Back Pain in the Primary Care Setting", Steven J Atlas, MD, MPH1 and Richard A Deyo, MD, MPH2, PubMed Central (PMC)

①バランスの改善と転倒の予防

杖は歩行の安定性を高め、バランスを改善します。これにより、転倒のリスクを大幅に減らすことができます。特に、高齢者にとって転倒は大きなリスクであり、その予防は非常に重要です。

②痛みの軽減

杖を使用すると、歩行時の体重を分散させることができます。これにより、膝や腰などの関節への負担を軽減し、痛みを和らげることが可能です。

③自信の向上

杖を使用することで、歩行の安定性が向上し、自信を持って外出することができます。これにより、社会参加の機会が増え、孤独感を軽減することも可能です。

④運動能力の向上

杖を使用することで、歩行距離や速度が向上することがあります。これにより、高齢者の運動能力と活動レベルが向上します。

⑤自立した生活の維持

杖は高齢者が自立して生活するのを助けます。日常生活の動作や移動が容易になり、自宅での生活が可能になります。

杖使用の抵抗感を克服するためのアプローチ

自立心の強さに対して

自立心の強さは、高齢者が杖を使用することをためらう一因です。しかし、杖を使用することは、自立を支える一つの手段であるという視点を提供することが重要です。杖を使用することで、自分の力で移動することが可能となり、より自立した生活を送ることができます。

操作の難しさに対して

杖の操作が難しいと感じる高齢者に対しては、適切な指導と練習の機会を提供することが重要です。物理療法士や作業療法士などの専門家からの指導を受けることで、安全に杖を使用する方法を学ぶことができます。

適切な杖の選び方がわからないことに対して

適切な杖の選び方がわからない高齢者に対しては、専門家のアドバイスを求めることを推奨します。医療機関や福祉用具店では、個々の体力や健康状態、生活スタイルに合わせた杖の選び方をアドバイスしてくれます。

また、杖が生活スタイルに合わないと感じる高齢者に対しては、生活スタイルに合わせた杖の選び方や、杖の持ち運び方を工夫することを提案します。例えば、折りたたみ式の杖や、軽量な杖を選ぶことで、持ち運びが容易になります。

杖には様々な種類があり、それぞれの特性や用途によって選ぶべき杖は異なります。主な杖の種類には、以下のようなものがあります。

  • 一本杖(シングルポイントキャニスター):最も一般的な杖で、軽量で持ち運びやすい。しかし、支持力は他の杖に比べて弱い。
  • 四つ足杖(クワッドキャニスター):底部に4つの足がついており、安定性が高い。しかし、重量があり、持ち運びには苦労するかもしれない。
  • 三つ足杖(トリポッドキャニスター):底部に3つの足がついており、一本杖よりも安定性があり、四つ足杖よりも軽量。
  • 歩行器:最も安定性が高く、座ることも可能なものもある。しかし、大きくて重いため、持ち運びは難しい。

これらの杖の中から、自分の体力やバランス感覚、生活環境に合ったものを選ぶことが重要です。

おしゃれな杖を買うのもあり

杖は単なる歩行支援ツールだけでなく、ファッションアイテムとしての側面も持っています。最近では、デザイン性を重視したおしゃれな杖が増えてきています。

色やパターンの異なる杖、木材や金属など異なる素材の杖、さらにはカスタムメイドの杖など、選択肢は多岐にわたります。自分のスタイルに合った杖を選ぶことで、杖を使うことへの抵抗感を減らすことができます。

また、おしゃれな杖は、高齢者が社会生活を楽しむための一助ともなります。自分を表現する手段として杖を使うことで、自信を持って外出することができます。

まとめ

杖は高齢者の転倒予防に重要なツールですが、その使用をためらう高齢者は少なくありません。しかし、自分に合った杖を選び、それを自分のスタイルに合わせてカスタマイズすることで、杖を使うことへの抵抗感を減らすことができます。

杖を選ぶ際は、自分の体力やバランス感覚、生活環境を考慮し、適切な長さとグリップの杖を選ぶことが重要です。また、おしゃれな杖を選ぶことで、杖が自分を表現する手段となり、社会生活を楽しむための一助となります。

杖の使用をためらう理由は人それぞれですが、その背後には「老い」への抵抗感や周囲への配慮など、様々な感情が存在します。しかし、杖は高齢者の安全と自立を支える重要なツールです。適切な杖の選び方を理解し、自分に合った杖を使うことで、安全で充実した高齢期を過ごすことができます。

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