コラム

高齢者が免許返納をしない理由とは?選ばれない理由と解決策

近年、日本社会では高齢者による交通事故が増加傾向にあります。その対策として高齢者の免許返納が求められることが多くなってきましたが、それに対して多くの高齢者が抵抗感を示しています。

なぜ高齢者は免許返納を選ばないのでしょうか?その背景を深堀りし、選ばれない理由と解決策を探ることで、高齢者自身、そして社会全体がより良い選択をするための参考になればと思います。

高齢者の免許保持数と返納について

まずは高齢者の運転免許保持者数の現状と高齢者で免許を返納している人数について調べてみました。

・2017年の時点で、日本の運転免許保有者の総数は約8225万人で、そのうち約539万人が75歳以上の高齢者でした。全体の約6.6%が高齢者で、この比率は過去10年間で約1.9倍になっていました​。

同じく2017年には、75歳以上の運転免許保有者のうち、約25万人が運転免許を返納していました。これは運転免許を保有する高齢者の約4.7%に相当します。2007年から10年で、年間の免許返納件数は約27倍に増加しています​​。(参考:警視庁 - 運転免許統計)

・2022年のデータによれば、その年に運転免許を自主返納した人の数は約448,000人で、そのうち約273,000人が75歳以上でした。75歳以上のドライバーの免許返納率は4.48%で、前年から0.24ポイント減少しています​。(参考:ニッセイ基礎研究所 高齢者の免許返納率の推移)

・2019年(令和1年)の時点で、75歳以上の高齢者の運転免許保有者数は約583万人でした​。(参考:運転寿命延伸プロジェクト・コンソーシアム)

高齢者が免許返納を選ばない背景

高齢者が運転免許証を返納しない主な理由としては、生活の自由度の維持、自身の運転能力への信頼、公共交通へのアクセシビリティの不足などが挙げられます。これらはどれも高齢者の生活品質を維持する上で重要な要素であり、高齢者自身が自分の生活をコントロールするための手段として車を運転することを選択します。

それぞれの背景には、交通環境、生活スタイル、心理的な要素など、様々な要素が絡んでいます。その中から特に重要な要素を取り上げ、具体的に考察します。

公共交通のアクセシビリティ

多くの高齢者は、公共交通機関の利用が困難であるために免許を返納しないことを選びます。特に地方では、バスや電車の運行回数が少なかったり、駅やバス停が自宅から遠い場合が多く、高齢者にとって利用しにくい状況があります。また、重い荷物を持って移動するのが困難な高齢者にとって、自家用車は非常に便利な移動手段となります。

2005年の調査結果によると、高齢者が運転免許を返納しない主な理由の一つには、生活の自由度の維持があります。特に、運転免許を返納すると、交通手段がなくなるか、または不便になると感じる高齢者が34.4%と、かなりの割合を占めています。また、運転の主な目的として、買い物(28.0%)、通院(20.1%)、仕事(14.6%)といった日常生活に関連した活動が挙げられており、自動車は日常生活に欠かせないと考えていることが伺えます。

参考:平成17年警察白書「超高齢化社会への対応」

自身の運転能力への信頼・過信

一部の高齢者は自分の運転能力を信頼しており、自分が運転することに問題はないと考えています。運転能力を維持するために定期的に運転技術を練習したり、運転に関する知識を更新したりする高齢者もいます。しかし実際には視力や反応速度の低下など、加齢による運転能力の変化を自覚することは難しいことが多いです。

調査結果では、運転に支障をきたすほど能力は衰えていないと感じる高齢者が多いことが示されています。具体的には、まだ普通に運転できると感じている高齢者が72.8%、運転免許を返納するほど運動能力が低下していないと感じている高齢者が30.8%と、自身の運転能力に自信を持っている高齢者が多いことがわかります。さらに、若い頃と比べて慎重に運転するようになったと感じる高齢者が90.2%と、自分は慎重に運転しているから大丈夫という意識も見受けられます。

参考:NEXCO東日本「車の運転に関する「三世代」調査」

高齢者にとっての自動車の価値

高齢者にとって自動車は単なる移動手段だけでなく、自由に外出できる"自由の象徴"でもあります。また、運転を続けることで、"自分はまだ元気である"という自己肯定感を得ることもできます。これらの価値観は、高齢者が免許返納を選ばない大きな理由の一つとなっています。

高齢者の免許返納を阻む問題点

高齢者が免許返納を選ばない背後には、幾つかの問題が存在します。これらの問題を具体的に理解することで、より効果的な解決策を見つける手がかりになります。

都市と地方の交通環境の違い

日本国内における交通環境は地域により大きく異なります。例えば、都市部では公共交通が発達しており、車無しでも生活は可能です。しかし、地方では一部の地域を除き、公共交通は非常に限定的で、多くの場合、車が唯一の移動手段となります。国土交通省の調査によると、地方に住む高齢者の約60%が「車がなければ生活できない」と回答しています。このように、生活環境の違いが免許返納を阻んでいます。

社会的な孤立感の増大

また、車を持つことで得られる社会性も見逃せません。自動車は高齢者にとって、友人や地域との繋がりを保つ手段であり、それを失うことは社会的な孤立を招く可能性があります。日本老年社会科学会の報告によれば、高齢者の社会的孤立は精神的、身体的健康を悪化させるとされており、免許返納に躊躇する一因となっています。

免許返納を促すための解決策

高齢者が運転免許を返納しない主な理由は、「まだ普通に運転できるから」(72.8%)という自信と、自動車を日常生活に欠かせない交通手段として必要としているからです​。

そのため、この問題を解決するためには、高齢者が自分自身の運転能力を正しく認識することを促すとともに、運転を止めても日常生活が不便にならないような代替手段を提供することが重要です。

公共交通の改善と拡充

公共交通のアクセシビリティが低い地域では、車が唯一の移動手段となることが多いです。これは免許返納を難しくする大きな要因です。この問題を解決するためには、公共交通のネットワークの拡充と、それを利用しやすくするための改善が必要となります。

国土交通省の報告によると、現在日本では地方の公共交通機関が年々減少傾向にあります。これを改善するためには、地域の状況に合わせたバス路線の増設や、電車の本数増加などの具体的な対策が求められます。また、バスや電車の運賃の見直しや、時間帯の調整も必要となるでしょう。

さらに、公共交通を利用する際の高齢者の利便性を考慮した施策も重要です。例えば、バス停や駅へのアクセスの改善、バスや電車内での安全措置の強化、情報提供の見直し等です。これらの改善を通じて、高齢者でも安心して公共交通を利用できる環境を整えることが、免許返納を促進する重要な一歩となるでしょう。

まとめ

この記事を通じて、高齢者が運転免許を返納しない理由と、それに対する解決策について詳しく解説してきました。生活の自由度の維持、公共交通のアクセシビリティ、自身の運転能力への信頼、都市と地方の交通環境の違い、免許返納後の交通手段の限定性、そして社会的な孤立感の増大など、多角的な問題が絡んでいます。

解決策としては、公共交通の改善と拡充、地域交通サービスの提供、高齢者向けの運転支援システムの普及などが挙げられます。しかし、これらの解決策が全ての高齢者にとって最善の策であるわけではなく、各人の生活環境や状況によって最適な策は異なります。

重要なのは、高齢者一人ひとりが安全に、そして自分らしく生活できる社会を形成することです。交通政策と高齢者の生活の調和、安全な交通社会を目指すこと、そして高齢者の自由と安全を両立するための挑戦が求められます。免許返納はその一部であり、全ての高齢者にとって最適な解決策を模索するための議論がこれからも必要となるでしょう。

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